撮影 庄司直人
第五回猫俳句大賞にご応募してくださった皆さん、ありがとうございました。ようやくコロナ禍からも抜け出し、外の光を感じる明るい句が増えたように思いました。生き生きといのちを謳歌する猫の句はもちろん、猫の恋模様や人間と猫との交流や亡き猫への思いまで、まさに猫の一生を通した、さまざまな仕種や表情が愛情を込めて詠まれていました。猫の句はいくら詠んでも尽きませんね。
堀本裕樹(俳人)
前にどこかで投稿句と選評を読んだとき、選者が俳句という短詩の向こうに広がる、それが読まれた光景をとても豊かに描写していて、私はすごい!と思いつつ、俳句の世界では選者と投稿者のあいだに世界観の共有のようなことがあるんだろうなと想像した。
私はそのような了解の関係の外の人間で、私がここにいる理由は、俳句とはほぼ無関係で、ただただ猫が好きだからです。少しは詳しくもあります。
そういうわけなので、俳句としての巧拙は私は考慮していません(もっとも私は本業の小説に対しても巧拙は考慮しませんが)。私固有の記憶に響いたか、記憶と別に私の心に或る情景を浮かばせてくれたものを選びました。
すべての猫に幸せを!
保坂和志(小説家)
カーテンを開ければ猫と青葉光
久保田凡
カーテンを開けると、窓の向こうに猫がいた。その姿を包み込むように青葉を通した光、もしくは青葉そのものの光が照り映えていた。窓越しでの不意の猫との出会いに心にも光が差す。窓をそっと開ける。これからこの猫との時間が始まる。上五の「カ」、中七の「あ」、下五の「あ」と五七五の句頭が、すべて母音のa音であることも韻律を明るくさせる。これから猫とのどんな物語が待っているのか。
(堀本裕樹)
猫俳句大賞受賞者には
副賞10万円と株式会社猫壱よりご提供の「バリバリボウル」を進呈いたします!
光りそうなくらい猫を撫でる
中野清彦
猫を撫でている気持ちを、こんなに見事に言った表現はかつてなかったんじゃないか!
佳作の「いつまでも彼の猫撫で春の別れ」と「匂いなく暮れゆく猫のいない街」も準賞の候補だったが、この句には、否定、別れ、死など負の連想がない。
「光りそうなくらい撫でた」が、将来、慣用句になってほしい。
(保坂和志)
猫俳句準賞受賞者には
副賞5万円と株式会社猫壱よりご提供の「バリバリボウル」を進呈いたします!
- いつまでも彼の猫撫で春の別れ岸野由夏里
- 友達が昔、「彼と別れるのはたいしたことなかったんだけど、猫と会えなくなるのは悲しかったなあ」と言ったのを思い出した。
春の別れだから就職か転勤で離れる私が彼の猫を撫でていると考える方が穏当かもしれないが、「さよならを言うことは、少しだけ死ぬことだ」というチャンドラーの有名なフレーズもあるくらいで、別れという言葉やイメージはどこまでも広がってゆく。
(保坂和志) - 匂いなく暮れゆく猫のいない街貯虎
- とても好きな句。
匂いと感じるか趣きと感じるか、それとも陰翳か個性か、歩いていて猫と出会ったり、向こうを歩いてゆく猫を見たりするのが街というものだ。猫と出会わなかったから〈詩〉になったんだが、これと同程度の感興が出会ったことで生まれていたら、どれだけ素晴らしいか。
文学において否定に対して肯定の難易度の高さを考えさせられた。
(保坂和志) - 猫の背を 見ながら食べる ところてん ごましお
- ところてんは、心太とも心天とも書く。月天心は俳句の世界では秋の季語らしいが、実際の天体では冬になるほど満月の南中高度は高くなる。
冬の夜、頭の真上で月が煌々と輝いていると、私は蕪村の「月天心貧しき町を通りけり」を思い出す。
この句はスケール感も何もかも違うんだが、私は二つを並べたい。心天と天心という安直な連想だけではないと、私は信じたい――というか、心天・天心のペア連想はいったん生まれたら、たぶん二度と消えない(笑)
(保坂和志) - 帰省した土産に猫の髭二本藤浪あい
- やっぱり猫はヒゲなのだ。子猫だった頃は何もかもが大事で抜けたヒゲをとっておいたが、成長するにつれてその辺はてきとうになっていった。しかし、いなくなってから見つけたら、それはもう捨てられない。
ヒゲ一本で喚び起こされる記憶のリアリティが違う。
(保坂和志) - 秋天へ尻突きあげる猫の伸び横山雑煮
- Eテレのネコメンタリーに出たシロちゃんは、最後の一年こそ家の中で暮らしたが、17歳目前まで外で生きた。
シロちゃんは毎日、とても気持ち良さそうに、天に向かって大きく尻を突き上げた。それを映した動画を横尾忠則さんがとても喜んで、何度も何度も再生した。
(保坂和志) - 猫ちぐらから手を付ける冬支度ちゅんすけ
- うちのペチャは、私がファンヒーターの準備をすると「ここから暖かい風が出てくるんだよ」と温風が吹き出すまで、じいっと覗き込んでいた。ペチャのあの仕草を思い出すと胸がいっぱいになる。
思い出させてくれたこの句に感謝!
(保坂和志) - 仔猫立ち上ぐやをのこの顔をして福田匠翔
- これは、リアリズムの描写ではないと思う。いや、そうでもないか、、、こういう瞬間も子猫にはあるか、、、でも、どうだろう、、、と迷いつつも、子猫が興奮して、立ち上った姿が、私の心に今しっかり浮かんでいる。 (保坂和志)
- 旅先の猫に睨まれ夏の果て秀島由里子
- どこだったか、すでに憶えてないが、ちょうど夏の終わり、うちの夫婦と友達夫婦、そろってすごい猫好きの四人が、湖の波打ち際近くにいたら、草むらから猫の家族があらわれた。私 たちは立ち去りがたくいつまでも猫たちと遊んだ。
その夫婦は、その次に行った旅先で小さな駅舎のわきに捨てられていた子猫を小箱に入れて帰ってきた。
(保坂和志) - 猫に会えるから行く冬のラジオ体操門 未知子
- 投稿された句の中で、最もそのまんまを詠んだと感じる。散文でも「そのまんま」がなかなかできず、つい脚色してしまう。俳句ではもっと難しいに違いない。(保坂和志)
- 猫が猫看取つてをりぬ黄水仙髙田祥聖
- かつては近所のボスだった猫が弱って、子分だった猫がいつ見ても寄り添うようになった、という写真を、毎日近所の猫を観察していた友人が見せてくれた。…………この句は、初読以来日が経つにつれて、あの写真の中の二匹の姿を私に思い出させ、鮮明にしている。(保坂和志)
- 恋猫の戒厳令を闊歩する空見子
- 戒厳令は人間社会で人が発令するものだ。戦時などに宣言される。実際ウクライナでも戒厳令がしかれているが、そんな状況でも恋する猫には関係がない。堂々と闊歩してゆく。猫にとっても危険な環境だが、逞しく生きる姿が尊く感じられる。季語は「恋猫」で春。(堀本裕樹)
- 中央線見下ろす猫に夏の風大坪覚
- 妙に哀愁のある猫だ。中央線を見下ろすことのできる高架橋から覗き込むように猫が電車の行き来を見つめている。夏の風に吹かれながら、電車を見て何を思うのか。そしてその猫を見つめる作者もどんな心境なのか。旅愁、憂愁、郷愁、そんな言葉が思い浮かぶ句。季語は「夏の風」で夏。(堀本裕樹)
- 霧に入り猫の姿となりにけり吉川長命
- 一読、僕自身も霧に包み込まれたような不思議な心持ちになった。霧の世界に入って、猫の姿になったということは、今まで人の容姿であったのか。猫が人に化けていたのか。昔ばなしのような変身譚であり、今回の投句のなかで一番幻想的な一句として惹かれた。季語は「霧」で秋。(堀本裕樹)
- 生まれ来て日々祝日の子猫かな散歩道
- 子猫が生まれた。毎日みゃあみゃあ鳴き、にゃあにゃあ騒いで遊んでいる。この世に生まれてきて、ずっとそうしている。そんな様子を見守る眼差しが優しい。その優しさが「日々祝日」という措辞につながっているのだろう。日々めでたくあれという祈りも感じる。季語は「子猫」で春。(堀本裕樹)
- 木枯らしに亡き猫の声混じりけり喜紋
- 木枯らしが吹くと、冬が来たなと感じる。同時に亡くなった猫のことを思い出す。その時期に息を引き取ったのかもしれない。木を枯らすほどの強風の音に混じって、亡き猫の声が聞こえてくる。落葉の転がる音にも猫の声がする。愛した猫が木枯らしになって帰ってきたのか。季語は「木枯らし」で冬。(堀本裕樹)
- 露草や小庭に響く猫の鈴瀬古修治
- 庭には露草が小さな青色の花をいくつも咲かせている。そこで鈴を付けた猫が遊んでいる。飛び跳ねている。鈴の音と露草の花とが、凛々と美しく響き合っているようだ。小庭の秋の空気を爽やかに震わせている。ささやかでありながら、幸せな光景である。季語は「露草」で秋。(堀本裕樹)
- 着膨れてまだ足りなくて猫を抱く楠えり子
- 冬になると寒いので着膨れる。重ね着をして丸くなってゆく。だが、それでも寒い。温かさが足りない。近くにいた猫を引き寄せて抱き締める。あったかい。その体温が伝わってくる。身体的な寒さもあろうが、この句には心の寒さも感じられる。ありがたき猫の存在。季語は「着膨れ」で冬。(堀本裕樹)
- 月光の水ひるがへす猫の舌つしまいくこ
- 月の光が差している水を猫が舐めている。猫の舌がその水をひるがえしつつ飲んでいるという繊細な把握によって、この句は詩になった。「ひるがへす」とはひらりと返す、またはひらめかせるということだ。猫そのものよりも「猫の舌」に注目したことが妖しく新鮮であった。季語は「月光」で秋。(堀本裕樹)
- 小春日や猫の跳び乗る連絡船山本恭児
- ドラマチックな一句である。初冬の穏やかな日和に煌く連絡船に猫が跳び乗った。人々はあっと声を上げる。どこに向かおうというのか。島を抜け出すのか。愛しの猫に会いに行くのか。それとも船に魚の匂いでも嗅ぎつけたのか。ここから思わぬ短編小説が生まれそうだ。季語は「小春日」で冬。(堀本裕樹)
- 猫好きと答えるべきか入社試験赤野恵祐
- 入社試験の面接の場面。緊張感が漂っている。志望理由をはじめ、質問に応えるなかで、猫好きを言おうか言うまいか、逡巡している。どのタイミングで言うべきかも迷う。だが果たして言ったところでプラスになるのか。いやマイナスになるかもしれない。妙な焦燥感が面白い。季語は「入社試験」で春。(堀本裕樹)
佳作の皆様には副賞として
クオカード1000円を
進呈いたします!
著作権・個人情報について
応募作品の著作権はすべて株式会社アドライフに帰属します。
応募に際して取得した個人情報は、受賞のご連絡や賞品発送等の「猫俳句大賞」の運営目的においてのみ利用し、それ以外の目的で利用することはありません。