第三回猫俳句大賞にご応募してくださった皆さん、ありがとうございました。今回も子猫から老猫まで、さまざまな猫たちに俳句を通して出逢うことができました。もう亡くなった猫もたくさん詠まれていましたが、そんな作品に触れると、心がしんとなって切なくなりました。そして亡き猫も生きている猫も、作者にとって大切な家族の一員なんだなと改めて思うのでした。
堀本裕樹(俳人)
撮影 垂見健吾
選ばなかった句のなかにも「そうそうわかります」「うちの猫もです」と手を取り合いたい句がたくさんありました。以前、子規の評伝を読んでいて(「子規の音」森まゆみ著)、俳句や短歌は写メと似ている思ったことがあります。短い言葉で、ある一瞬をとらえて永遠に残そうとする試み。ここにはたくさんの愛される猫たちの永遠がありました。それに触れることはとても幸福なことでした。俳句に無学の私はたくさん勉強にもなりました。ありがとうございます。
角田光代(小説家)
何しても
ほめられてゐる
子猫かな
中里とも子
人間も猫も幼い頃はいたずらをする。こちらはいたずらだと感じるが、本人はただ好奇心の赴くままに動き回っているだけだろう。「何しても」には、本来怒られる行動から些細な出来事まで含まれている。ご飯を完食しては褒められ、ジャンプしては褒められる。褒めることで生き生きと、さらにやんちゃに育ってゆく子猫を受け止める大らかさがいい。
(堀本裕樹)
猫俳句大賞受賞者には
副賞10万円を進呈いたします!
去年今年
猫は髭から
眠るもの
もふもふ
年の暮れでも猫はまったくかまわずに寝ていて、一年の反省も、新年の抱負もありません。髭から眠ると言われると、眠る猫のふてぶてしさは霧散して、かわいさだけが残ります。なんてかわいらしい句でしょうか。この句を読んで、抜けた猫の髭入れが売られているほど、猫の髭をとっておく人が多い理由がわかった気がしました。
(角田光代)
猫俳句準賞受賞者には
副賞5万円を進呈いたします
- シャガールのねこ蒼きこと降誕祭猫又ラピス
- ルノアールでもボナールでもフジタでもだめで、シャガールの青と猫という組み合わせに、透明感を感じます。とてもうつくしい句ですが、その透明感のなかには不思議なかなしみがまじっている気がします。 (角田光代)
- 一億光年の光よ猫の瞬きよかわかみ
- 銀河から私たちに届く瞬きのような光。私が見ているその光の主である星は、もう存在していないかもしれない。途方もない時間と、猫の瞬く一瞬。猫と暮らすことで、私たちは永遠と瞬間を手に入れるのではないかと考えてしまいました。 (角田光代)
- 老猫の目蓋を浸す朧月野村雄斗
- 猫はそもそも宇宙からやってきた使者みたいだと私は思っているのですが、朧月夜に眠る老猫は宇宙と交信していそうです。老猫、というとどうしても寿命を考えてしまうのですが、春の夜、ときが止まったようなしずけさをこの句から感じました。(角田光代)
- 侘助の葉陰に猫の白き顔榎田智子
- 葉陰から顔をのぞかせる、花とみまごうほどちいさな猫の顔が思い浮かぶようです。瞬間を切り取ったうつくしい句だと思いました。 (角田光代)
- 小春日の猫に浮力のありにけり陽光
- 春の日射しを受けて、猫が、透きとおるのでも光り輝くのでもなく、浮く。この指摘はすばらしいです。猫のやわらかな軽さと、その存在の不思議さがこめられているように感じました。猫、浮きますよね。 (角田光代)
- 猫耳に哭く物の怪や扇風機マサアキ
- 物の怪という言葉はちょっとこわいですが、この句にはユーモラスな響きがあります。夏の暑いさなか、気に入らない扇風機の音もあきらめて受け入れている猫が思い浮かびます。 (角田光代)
- 魚河岸の焚火を囲む輪に猫もしまだ花南
- ひねったところはない句ですが、光景がぱっと浮かび、あたたかい気持ちになりました。猫もまじっているということは、魚河岸の人たちはきっと猫にやさしいのでしょう。魚のおこぼれをよくもらう太った猫のような気もします。 (角田光代)
- 天窓にあしあと四つ鰯雲佐藤直哉
- 猫、という言葉を使っていないところが印象に残りました。見上げた窓にぽんぽんとまるい足跡がついている。その向こうに雲。ちいさくてやわらかな肉球と、かなたに広がる白い雲。マクロとミクロが私の視界のなかに在る。 (角田光代)
- うららかや猫融点に達す昼秀田狢
- 日射しに猫は浮きますが、とけもします。猫は液体論者が驚喜するような句です。しずかな昼下がり、猫はひっそりと、人に気取られないように液体化します。人は夏にとけますが、猫は春にとけるというのも、納得します。 (角田光代)
- 猫の字の苗の意味問う新学期田中美沙妃
- これもまた、何も気にせず書いている猫という字に、はっとしました。たしかに、なぜ苗? 気になって調べてしまいました。理由とされる説を読んで、猫という字が今までよりいっそうしなやかにはかなく見えてきました。 (角田光代)
- 亡き猫と遊びし部屋の障子貼り小宮太助
- 亡き猫とよくこの部屋で遊んだ。「障子貼り」をする時はなおさらその猫の姿が思い出される。それは障子を破かれた思い出があるからだろう。いたずら好きだったのだ。でも猫がいなくなると、障子は破かれることもなく、色褪せるばかり。季語は「障子貼る」で秋。 (堀本裕樹)
- 竈馬跳ねて子猫の宙返り仲田誠
- カマドウマは不思議な生き物だ。後ろ脚が長くて、何を考えているのかわからない。子猫も好奇心が湧くが、警戒しながら様子を見ている。すると、いきなりカマドウマがぴょんと跳ねた。不意の動きにびっくりした子猫が思わず宙返りしたのだ。季語は「竈馬」で秋。 (堀本裕樹)
- 張り詰める夜のポーカー猫の恋藤雪陽
- 人間たちはトランプのポーカーに夢中だ。真剣に互いのカードを読み合っている。何か賭けているのかもしれない。一方、戸外では猫の甘いねばつく声がする。恋の真っ最中だ。緊迫したポーカーの空気に割り込む猫の声に一瞬集中が途切れる。季語は「猫の恋」で春。 (堀本裕樹)
- 葛湯吹く猫に勝手をさせながら西田克憲
- この句に漂っている余裕の雰囲気がいい。猫が好き勝手をするのは毎度のこと。いまさら咎め立てしても仕方がない。猫を自由にさせておきながら、湯飲みの葛湯をふうふう吹きつつ、ゆるりと頂こう。でも時折横目で猫を見る、そのユーモア。季語は「葛湯」で冬。 (堀本裕樹)
- いかなごのトラックたたた猫たたた露草うづら
- 「いかなご」が水揚げされた港の光景だろう。沢山のいかなごが入ったカゴが船から降ろされ、それを待ち受ける仲買人などのトラックがすぐに積み込んで運んでゆく。トラックも猫も「たたた」と急ぐ。猫はおこぼれを頂戴するのに必死だ。季語は「いかなご」で春。 (堀本裕樹)
- 激闘の後のラガーら猫撫でる龍悟
- 激しいぶつかり合いの試合が終わったラガーマンたちが猫を見つけた。試合中は阿修羅のような顔つきであった彼らは、まるで円陣を組むように猫を優しく取り囲んだ。柔和な表情が並ぶ。取り囲まれた猫はラガーらの無骨な手に甘えてゆく。季語は「ラガー」で冬。 (堀本裕樹)
- 家計簿に猫の医療費記す霜夜槐島みゆき
- 持病か、怪我でもしたのか。この猫は動物病院に通っている。猫の医療費も馬鹿にならない。家計簿に付けておかないと。霜が降りる寒い夜に家計簿を付ける情景は、生活が楽でないと想像できる。猫の医療費も頑張って稼がなければと思う。季語は「霜夜」で冬。 (堀本裕樹)
- 黒猫の油のごとく寝る残暑平良嘉列乙
- 立秋も過ぎたのに暑い日が続く。黒猫もへばっている。外猫ならば、どこか日陰を探して寝ているはずだ。「油のごとく」の比喩が、黒猫の毛並みの光沢や残暑のねっとりとした感じをよく表している。このまま地面に溶けてしまいそうな黒猫。季語は「残暑」で秋。 (堀本裕樹)
- 阿蘇山の噴煙高し猫の恋前川祐助
- 活火山である阿蘇山が動き出した。噴煙を高く上げている。それが遠景である。近景では猫が恋をしている。噴煙に負けないくらいにヒートアップして、声を高らかに上げているのだろう。遠景と近景を悠然と取り合わせた絵画的な一句だ。季語は「猫の恋」で春。 (堀本裕樹)
- 猫ほそく迎へいれドアチェーン凍つ福永敬子
- アパートのドアを隔てて猫が淋しそうに鳴いている。ドアチェ―ンを外して猫を出迎える。「ほそく迎へいれ」に、ドアの隙間から猫がするりと入る様子が見える。ペット禁止のアパートか。ドアチェーンが凍ったように冷たい夜更けの情景だろう。季語は「凍つ」で冬。(堀本裕樹)
佳作の皆様には副賞として
クオカード1000円を
進呈いたします!
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